以前上げていた記事を、復活させました。

 プリンスの慈善活動、Black Lives Matter 編


Prince's Closest Friends Share Their Best Prince Stories

 ~ GQ.com   December 8, 2016

“I want to tell you a little bit about myself. I was born in Minneapolis. My father taught me how to play the piano…. When I got a little older, I started doing things my way.” ― Prince, onstage in Atlanta, April 14, 2016, a week before his death

「ちょっと自分のことについて話したいんだけど。僕はミネアポリスで生まれた。父親はピアノの弾き方を教えてくれたよ…。少し大きくなると、僕は自分のやり方で物事をやり始めた。」ー プリンス 2016年4月14日、亡くなる1週間前、アトランタのステージで。

Van Jones(政治活動家。プリンスが匿名でジョーンズの慈善団体に寄付をしようとした後に会った)  プリンスは世界にとても興味を持っていた。 ホワイトハウスの仕組みを説明して欲しいと頼んできたり、外交政策の詳細な質問をしてきたりね。そしてこんなことを尋ねるんだ。「なぜオバマは誕生日を禁止しないのかな?」(笑)私は「何だって?」というカンジで。すると彼は「オバマが選出されたらすぐに立ち上がって、声明を出すことを望んでいたんだ。もうクリスマス・プレゼントはなし、誕生日はなし。我々には他にやるべきことが沢山あるってね。」 私は言った。「そうだね、皆に好意的に受け入れられるかはわからないけどね。」

Corey Tollefson(ミネアポリスに本拠を置く起業家であり、ファン。20年以上に渡りペイズリー・パークでのイベントに参加した)  90年代、プリンスはボディーガードなしではどこも歩かなかった。ペイズリーパークの中でさえね。2010年前後からかな... 彼が気にするのをやめたっていう訳じゃないよ、だけど過度に気にするのをやめた。もうそんなことはやめたんだ。歩き回り、人と対話し始めた。いつも笑みを浮かべていたよ。ペイズリーに人々を呼び、セッションをした。

Van Jones(政治活動家。プリンスが匿名でジョーンズの慈善団体に寄付をしようとした後に会った) プリンスはいつもインターネットを使っていて、YouTube をチェックしていた。新しいアーティストを発掘しようとしてね。ある時、バイオリンを演奏している6歳の男の子の動画を見つけて、誰かに子供の親に連絡させていたよ。「その子をペイズリーに連れて来て。彼と話したいんだ。」って。


Maya Washington(写真家。2014年にプリンスがネットで彼女を見つけた後、友人になった) プリンスは私が彼を質問攻めにして面白いと思ったみたい。親しみを感じたんじゃないかしら。例えばこんな質問をしたわ。「亡くなる時何をしたい?アルバムを1枚出したい?」私がプリンスなら、この(アルバムを出すという)プロジェクトに着手して、準備したいって思うだろうから。プリンスはこんなカンジだったわ。「そういうことを話すのはやめようよ。」彼の中では、死はネガティブなものだったんじゃないかしら。

Jeremiah Freed(Dr. Funkenberryのハンドルネームで書いているブロガー。プリンスと友人になり、ファンへのパイプ役として活躍した) 皆がプリンスに遺言書を書くよう勧めようとしたんだけど、プリンスはただこう言うだけだったよ。「僕は死ぬつもりはないから。」

Neal Karlen(ミネアポリス在住ジャーナリスト。プリンスとは31年来の知り合い。過去にローリングストーン誌に寄稿した2つの記事により、プリンスと友情が芽生えた) 3年前、僕たちはどちらかが先に逝ったらあることをしようと約束したんだ。彼はこう提案した。「地元紙に一つ記事を書いてくれないかな?」僕はこう提案した。僕が先に逝ったら ー 彼がB.B.キングのようになって、93歳でも演奏してるに違いないって確信してたから ー 僕の出身校であるセントルイス・パーク高校で前触れなしで1時間演奏すること。彼なら3時間演奏するに違いないってわかってたけどね。僕は彼について何十年も書いてなかった。2晩連続で徹夜したんだ。そんなこと、これまでしたことなかったけどね。そして書いた記事は、僕の人生で書いた最も辛い記事になったよ。

Van Jones(政治活動家。プリンスが匿名でジョーンズの慈善団体に寄付をしようとした後に会った) プリンスは ”Black Lives Matter(黒人の命だって大切)運動” にすごく触発されていたね。 曲「ボルチモア」を書いたし(詞の一部:Does anybody hear us pray / For Michael Brown or Freddie Gray? / Peace is more than the absence of war  僕達が祈っているのが聞こえるかい / マイケル・ブラウンやフレディ・グレイのために / 平和とは戦争がないことだけじゃないんだよ)、騒動から数週間後にはボルティモアにいた。ステージの上で深いことを言ったんだが、ほとんどの人達は聞き逃していたね。

「その場にいたアフリカン・アメリカンの若者達へ。僕が次回ボルティモアに来るときは、君たちが運営しているホテルに泊まりたいな。」

「燃やしちゃだめだ。築くんだ。不正に抗議するだけじゃなく、正義を作るんだ。 自分自身の経済を作るんだ。自分自身の事業を立ち上げるんだ。」

これが彼の見解だった。そして、トレイヴォン・マーティンへの彼の答えはこうだ。

「黒人のキッズがフード付きパーカーを着ると、凶悪犯だと思われる。白人のキッズがパーカーを着ると、次のマーク・ザッカーバーグだと思われる。警官がパーカーを着た黒人のキッズ達を見た時「ワオ、このキッズは次のマーク・ザッガ ーバーグだ」と思える状況を作り出さなきゃいけないんだ。

我々はそういう状況を作り出さなきゃいけない。この男は実に天才なんだ。他の人達は人種の不公平やトレイヴォン・マーティンについて話していたけど、プリンスはファッションの観点から重要な鍵になることを言った。

(訳注)

* マイケル・ブラウン…ミズーリー州ファーガソンでおきたファーガソン事件
* フレディ・グレイ…メリーランド州ボルティモアでおきたフレディ・グレイ事件
* トレイヴォン・マーティン…フロリダ州でおきたトレイヴォン・マーティン射殺事件
* プリンスはボルティモアのロイヤル・ファームズ・アリーナでチャリティ・コンサート「Rally 4 Peace」を急遽開催した

Maya Washington :  プリンスはNetflix と組んで番組を作るつもりだったのよ。ペイズリーパークのリアリティショーをね。「手伝ってくれない?」と言われたから「喜んで。でもあなたが出ないとだめよ。」と答えたわ。すると彼は「ノーノーノー、僕は出ないよ。」「なぜ?あなたすごく面白いし、皆にそのユーモアのセンスを見せたくないの?」彼はこう言って会話を中断した。「マヤ、僕は面白くなんかないよ。僕は世界を救わないといけないんだ。」

Van Jones:  最終的に、プリンスは真の信者(あるいは強い信念を持つ人物)だったね。そして神と音楽以外は何も信じていなかった。

Jill Jones(1982-91年 プリンスのバックボーカリスト)  プリンスは「Around The World In A Day」のアルバム・ジャケットを見せながら、登場人物たちを説明してくれたわ。ジェロームは杖をついた老人。シーラはメルヴォワンと組み合わされて、ヴァイオリンを弾いている女性。彼は言った。「そして、これは君だよ。」青いドレスを着て、ひどいブーツを履いた泣いているオールドミスの女性。私はしんとしてしまった。なぜ私はいつも泣いているの?『パープル・レイン』でも泣いたし、『グラフィティ・ブリッジ』でも泣いた。彼はいつも私を泣かせたわ。そしてアルバム・ジャケットでも泣いている。そしたら彼は言ったの。「最後の最後まで君とは知り合いでいるつもりだよ。君はここに(この絵に)いるだろう。」私は言った。「なぜあなたはこの絵にいないの?」彼は言った。「僕は梯子の上にいるよ。 もうこの世にいないんだ。」

Kandace Springs(シンガー。2014年にプリンスがネットで彼女がサム・スミスのカバーを歌う映像を発見した後、 Twitter経由で友人になった):   私の誕生日の夜、それが彼と会った最後の日なんだけど、リヴィング・カラーの公演を見にダコタ・ジャズクラブへ連れて行ってくれたの。その夜はとても大きな満月が出ていて、スーパームーンみたいだった。「うわぁ。("Whoa.")」彼は言ったわ。 私達はもっとよく見える場所を探して反対の方角へ行った。でも雲が邪魔して見えなかったの。月を見るために近所を車で走り回ったわ。

Corey Tollefson(ミネアポリスに本拠を置く起業家であり、ファン。20年以上に渡りペイズリー・パークでのイベントに参加した):  ペイズリーパークの正面に電子ゲートがあるんだけど、ほとんどいつも開け放されていた。ツイートがあると、パーティーがあるってわかるんだ。8時頃ツイッターハンドル(@xxx のアカウント)でツイートし始めるから。20年前は、ペイズリーまでドライブしなきゃいけなかった。天井にあるピラミッドがパープルにライトアップされてると、プリンスがそこにいるってことだったんだよ。

Albert Magnoli(映画『パープル・レイン』の監督、共同脚本執筆者) 嵐の前になるとミネアポリス全域の空が驚くべき青紫色に変わると知った。そういう現象だと。だから、私にとって 『パープル・レイン』のコンセプトは、雲が広がり、雨の滴が激しく降る前に人が持つ感情についてなんだ。後日、プリンスと私がペイズリーパークで仕事をしていた時、暴風雨が来る前に外に出てフィールドに立ち、一緒に空を見た。雨が降るのを待ちながらね。空は紫色(パープル)になっていたよ。

Van Jones:  考えてみよう。彼は白人の町で、どこにも行き場のない貧しい黒人の子供として育った。「プリンスが亡くなった」とニュースが流れた時 ― 1万年もの間、プリンス(王子)は存在するが、現在ではサウジアラビア、ヨーロッパ、アフリカの王子たちだろう ― 誰も「プリンスって誰?」とは言わなかった。ビッグバン以来、パープルは宇宙の一部だ。プリンスが亡くなって、世界中のモニュメント(記念建造物)がパープルに染まったが、誰も「なぜ?」とは言わなかった。人種的な観点から、また階級的な観点から、これは非常に大きな功績ではないだろうか。彼は、他の天才たちが天才だと認める真の天才だ。彼はそれを成し遂げることができたんだ。

(関連記事)
アルバム...って覚えてる?(Albums still matter発言)


The Excessive Vision of Donatella Versace」 〜 GQ.com March 20, 2018
(一部引用)
友人のプリンスが亡くなる前、彼はニューヨークのBoom Boom Roomでドナテラ・ヴェルサーチを座らせ、ある提案をした。「彼は Black Lives Matter運動の顔になることを決めていた。それが彼がやりたいことだった。それから言ったわ。「君も僕と一緒にやるべきだ。」」ドナテラは振り返る。「私はそうする準備ができていた。」しかし、残念ながらプリンスは逝ってしまった。

現代アメリカの人種問題