明日はクリスマス・イブですね🎄🎂🎁🎉

「Breakdown」の歌詞和訳、アクセス数ぶっち切りのトップでビックリです❗️
やはりプリンスを理解するには、曲を聴くのが一番ですね

タイムリーな記事をご紹介します。

How Prince spent 'Another Lonely Christmas' in 1984
 by Duane Tudahl(絶賛されている『Prince and the Purple Rain Era Studio Sessions: 1983 and 1984の著者)〜 The Current  December 20, 2017

(サマリ)
プリンスを真に理解するためには、ただ曲を楽しむだけでなく、曲を聴き、研究し、吸収し、曲を彼の人生の適切な文脈に置くことが必須である。プリンスはキャリアを通して、混乱や矛盾の基盤を固めながらしばしば謎めいた言い方をしたり、誤解を招く言い方をしたりしたが、曲では純粋な形で自身の個人的な考えを解き放った。また、曲はキャリアの浮き沈みを記録するものにもなっている。

「天才(genius)」「才能(talented)」という言葉を使わずにプリンスを表現することは不可能だが、「ミステリアス(mysterious)」「プライベート(private)」「閉鎖的(reclusive)」などの言葉もしばしば一般的に使われる。人気の絶頂期に、ほとんどインタビューを受けず、人々が彼を理解できない人物だと考えたからだ。インタビューを受けなかったことで、彼はミステリアスな印象を保つことができたが、たとえ自分の人生について公の場で話さなかったとしても、彼の言葉を明確に聞くことができる場所がただ一つあった。

プリンスによると「僕はいつも自分の音楽では正直だったよ(I've always been honest in my music)」

1984年12月に戻ろう。プリンスは『パープル・レイン』の成功により大規模なツアーの最中だった。映画とアルバムはその年の早い時期(アルバムは6月、映画は7月全米公開)にリリースされ、誰もそうなるとは想像できなかったほど大成功した。

プリンスはキャリアのあらゆる面において真のアーティストであり、他の多くのアーティスト達と同じように、常に"最新作"を世界と享受することに喜びを感じていた。その時点で自分がどこにいるのかを表現し、同時に人生において新しいスピリチャルな道を探求していることを表現するものだったからだ。しかしながら「パープルレイン・ツアー」は、人々がこう演奏して欲しいと望むように構成されていた。これらの“新しい”曲の多くは、実際には数年前にレコーディングされ、リハーサルされ、撮影され、編集され、レビューされ、改訂され、再びリハーサルされたのだが、映画のステージ版としてコンサートで演奏された。

「パープルレイン・ツアーではほとんど神経が参りそうになったよ。だって毎晩同じなんだもの。」
プリンスはシカゴ・トリビューン紙で語っている。「70回のショーで同じ曲を同じように演奏する作業なんだよ。」

しっかり演出されたツアーは、プリンスをストレスがたまるほど窮屈に感じさせ、それは彼の私生活も反映していた。彼は"嵐の目"である自分に最も近い人たちを除いて、外界から自分を閉ざすようになっていった。パープル・レインの祝祭を時期尚早にお開きにすることになるとしても、プリンスは新しいことに飢えていたのだ。

「僕たちは周りを見回し、道に迷った、と僕はわかった。」プリンスはペイパー・マガジンに打ち明けた。

「あとは下降するだけ。以後は欲求が満たされることはない。」

プリンスはこのツアーの後、バンドと経営陣に「梯子を探す(look for the ladder)」ため、つまりプライベートになることで可能となる魂の探求のために、休暇を取るつもりだと話した。ツアーが4カ月残っているのにもかかわらず、彼が密かにパープル・レインを終え、前進する準備をしようとしていたことに対して、中心グループ以外ほとんどの人達は理解できなかった。

プリンスは新しい成功を祝う代わりに、パープル・レイン』の次のアルバムAround The World In A Day』を作るためにひととき時間を費やした。故郷ミネアポリスでの、クリスマスイブの昼間のショーの後、プリンスはその夜と翌クリスマスの朝に、このアルバム、精神の旅(spiritual journey)
を表現する音楽集の最後の仕上げにとりかかった。アルバム自体と同じように、プリンスの世界は内面的にも外面的にも歓び、後悔、新鮮な愛、葛藤で満ちていたように思われる。アルバムの歌詞は彼の孤独に対するヒントを示唆している。収録されている9曲中5曲が「孤独(loneliness)」「ひとり(alone)」「孤独な(lonely)」という言葉を含んでいるのだ。

周囲の人たちによると、プリンスは『Around The World In A Day』の骨組み(structure)を決めた後、クリスマスを家で一人で過ごした。おそらく喧騒から離れ自分のバッテリーを再チャージするために、静かに過ごしたのだろう。
翌日の夜、彼はSt. Paul Civic Centerでのショーで「パープル・レイン」を演奏する前に、「Another Lonely Christmas」を演奏した。1984年2
月にすでにこのシーズン曲をレコーディングしていたのだが。曲のテーマはクリスマスを一人で過ごすことについてであり、当時の彼の精神状態を正確に反映していると思われる。

過去2年の間にプリンスはカルト・ヒーローから世界的なスーパースターに成長し、その道のりにおいては自分のビジョンを共有し、ゴールを達成するのを助けてくれる少数の人達を厳選して自分の世界に招き入れた。しかし新しい成功の結果、かなりの人々が取り残されることになった。彼らの多くはプリンスを高校時代から知っており、直接意見することもできる人々であったが。名声が高まるにつれ、プリンスは自分の音楽に影響を与えた人々... 元彼女であるヴァニティやバンドメイトのディズ・デッカーソン、故郷のエンジニアであるドン・バッツ、幼少期の親友アンドレ・シモン、ジミー・ジャムやテリー・ルイス、ジェシー・ジョンソン、モンテ・モワール、モリス・デイなどザ・タイムのバンドメンバー ... から距離を置くようになった。

その結果、プリンスは自分のことを親密に知っている選ばれた人々、かつてないほどに縮小しているグループに、彼が共有するのに最も難しい部分である"身体的"だけでなく"感情的"にも惹きつけられるようになったのだろう。現実には、かつて彼と親密になった人々が去り、プリンスと外界との接触が限られるようになると、プリンスは自分の音楽を作るのを助けてくれる人々をより厳選しなければいけなくなったに違いない。

「新しい人が加わると、プリンスは少し被害妄想的になったわ。」ジル・ジョーンズは認める。
「彼は誰を本当に信じていいのか分からなかったの。それが進行するにつれ、より辛くなっていったと思う。」


「当時セキュリティーの金額は度を超えていたよ。」ツアーの照明ディレクター、ロイ・ベネットは認める。「これがネガティブな面の始まりだったね。それまではバンドとクルーの間にはいつも結びつきがあった。バンドは依然として結びついていたが、それはプリンスと他の誰かとの間のことにすぎなかった。そして突然、壁が立ちふさがった。彼は何が起きているのかを見て、すぐに引きこもるようになった。複雑な男だったよ。」

この時期プリンスはプレスとインタビューをしなかったため、彼の音楽が自分を代弁するものとなり、新たな私的な面を吐露するようになった。この全ては、故意に、彼の天才性が輝く"孤立した世界"となった。

「何曲も書いて多作でいるためには、人は自分の精神を守らないといけないわ。なぜなら、その危険な場所にとても簡単に頻繁に行くのだから。」エンジニアのスーザン・ロジャースは語っている。

「壁を作り、経営陣にこう言うの。「誰にも僕に近寄らせないでくれ。僕が創作できるシステムがここに整っている。ここにいる人達は自分が慣れ親しんだ人達だよ。ここは僕の場所だよ。」って。それが長いキャリアを保つ秘訣なのよ。自分を守るための鎧を見つけたんだから。」

生来、プリンスは社交的なタイプでは決してなかった。そして彼を照らしたスポットライト(名声)により、彼はさらに孤立することになった。自分の集中力を維持するために人々から遠ざかった。おそらく、彼は単にしょっちゅう曲を書いただけではなく、言いたいことが沢山あり、会話をするのに曲が最適な形だと思ったから、多くの曲をレコーディングしたのだろう。

1996年にプリンスはEl Paisに語っている。
「僕が曲を書くときは、僕の魂が話しているんだよ(When I write a song, it's my spirit speaking)」

プリンスを知りたいなら、ヘッドホンをつけて、彼が語った物語を"本当に"聴くことだ。たとえ彼がいなくなったとしても、彼は人々によって解き明かされるのを待っている多くの最も"私的な考え"を残したのだから(he left many of his most intimate thoughs)。

彼自身がこう言ったように。

「僕の全人生はレコードにあるよ(All my life is in my records)」

 
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(関連記事)
365 Prince Songs in a year: Another Lonely Christmas
     まだ読んでないです💦

・「Prince Talks: The Silence Is Broken ー The Purple Pleasure Palace houses the genius behind 'Around the World in a Day
プリンスの友人でもあるミネアポリス出身ライター Neil Karlenさんの寄稿記事

プリンスかなり率直にいろんなことを語っていますが、、
「ダーティー・マインド」の時期にバンドの調整やら何やかやで気分が沈みがち、体調が悪かったそうです。ペイズリーパークができて乗り越えることができたと。一人になれる場所ができたから、と。

成功すると、それにあやかろうとする取り巻き
(ハイエナ)がいっぱい寄って来るから、誰を信じてよいか疑心暗鬼にもなるし、心が休まる暇がなかったでしょうね。ペイズリーパークがプリンスにとって唯一の安全基地。

そういえば、ペイズリーパークのエントランス付近の壁に虹が書かれていましたが、メッセージが添えられていたのが印象に残っています。全て書き留めていないのですが、

「In this trusted place, U can erase every tear that .... 」

(この信用できる場所では、君はどんな涙もぬぐい去ることができる....)

No more cry「Come」より)って感じでしょうか。

家族で過ごすクリスマスを一人で過ごすって...
日本に置き換えると、お正月を一人で過ごすようなものですよね。
アメリカではクリスマスの時期に絶望して身を投げる人も多いと聞きます(都市伝説?特にデータはない)。孤独感が半端なかっただろうなぁ。

周囲の壁をぶっ壊し「Breakdown」歌詞  参照)、鎧を脱いだ最近のプリンスといろいろ語り合いたかったなぁ。あ、恐れ多い?し、失礼しました〜〜💦


プリンスに関する記事も落ち着いてきたので、来年は歌詞和訳を本格的にやっていきたいな♪ 読解に時間がかかりますが...
💦


Duane さんの本も読まねば💪