「私は一度彼と踊りかけた。彼は知っていた。私の記事を彼が全て読んでいる、と私が知っていることを。彼から地元のアーティストを発掘するのを手伝って欲しいと頼まれた....」

「彼と会ったとき、私の周りを蝶のように宙に舞っていた。あたかも、すぐに興味を失い、瞬時に歩き去るかもしれないことを私に思い出させるかのように。彼は自分の周りの全てのことを面白いと感じていた。休むことのないエネルギーの持ち主であり、不思議に思い、探求し、感じるのを止めない好奇心の持ち主であった。」


Q:  有名人との最も非現実的な出会いは何だった?

アンドレアさんのツイート

 プリンス:踊らない?

 私:(唖然として絶句)

 プリンス:ただの冗談だよ!

 私:(唖然として絶句)

 プリンス: でもないけど。踊りたい? ただの冗談だよ!(ケラケラ笑って立ち去る)

 私:   *絵文字をご覧ください



プリンスのイジワルっ😆 若手ライターをからかっちゃって

----------------------------
(2018年4月24日)

この度ミネソタ・ブック・アワードを受賞したアンドレア・スウェンソンさんの著書Got to Be Something Here: The Rise of Minneapolis Sound🏆🎉✨ 本文はプリンスが生まれた1958年から始まります。読まねば💪



1年前にご紹介したアンドレアさんの追悼コメント。再読してまた感銘を受けたので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたいです!
---------------------------
(2017年4月20日)
プリンスと交流のあった、ミネソタの公共ラジオ局The Current専属音楽ライター Andrea Swensson(アンドレア・スウェンソン)さんのインタビュー。

プリンスは彼女の書く記事を全て読んでいたそうです。
彼女曰く、たとえ批判的な記事の場合でも、いつも率直に公平に書いていたのが気に入ったんじゃないかと。
Local music writer remembers relationship with Prince
 〜 KARE11  April 17, 2017
  *ニュース映像あり


彼女が書いたプリンスへのお別れの記事&他の記事
Good night, sweet Prince
 〜 The Current  April 23, 2016 他


Jim Walshさん以来の感銘を受けた記事です。
アメリカのライターは、地方でも凄いですね。筆が冴えている。
さすがジャーナリズムが確立されている国だけある!

バンドメンバーじゃなくても、元妻でなくても、プリンスの本質をとらえている。プリンスが信頼していたのも納得です。この人は信用できる。女版Jim Walshさん!


おやすみなさい、スイート・プリンス

プリンスとは何者か?40年間我々の心の中にある問いである。プリンス・ロジャース・ネルソンが音楽を作り続ける限り、世界は彼のモチベーションを解読しようと、そして彼の神秘性に切り込もうとしてきた。しかし、「パープル・レイン」のミネトンカ湖の濁水と同じように、真のアーティストの本質を、目を凝らして見抜こうとするのが困難であればあるほど、ますます彼は幻想的で別世界の人物になるのだ。
(正体を)把握したかと思うとすぐ、耳元で彼のエコーがかかった声が聞こえるのだ。「ミネトンカ湖じゃないよ。」 我々が考える彼の正体が何であれ、それはプリンスではない。

この2日間、目がかすむ霧の中にいながらも過去を振り返ると、最近聞いたこの言葉を思い出す。ー 最も心の優しい人々もまた自分自身に最も大きい境界線を引くのだと ー そして、定期的に公に向けて扉を開き、仕事とファンに完全に情熱を注ぎながらも、どうやってプリンスは自分の私生活を閉じ込めておくことができたのかと思いを巡らす。
私はプリンスのことをよく知らない。彼について多くを書き、多くを考え、音楽を注意深く聴き、近くからまたは遠くから動向をチェックした。彼の音楽に対して強いエモーショナルなつながりを感じ、彼のパフォーマンスを言葉に置き換えることに最善を尽くした。私は彼がブレイクする前に数年間ノース・ミネアポリスから発信した音楽を深く掘り下げ、そしてハイウェイからツインシティーの分離帯までの全ての事柄がどのようにその生い立ちを形作ったのか、どのようにファンクン・ロールの宇宙船(funk ‘n’ roll spaceship)を放つ発射台が作り出されたのかを深く掘り下げてきた。何度か、わずかな一時を彼と話し、彼の世界に迎え入れられるという素晴らしくも混乱するような名誉を授かった。

私は一度彼と踊りかけた。彼は知っていた。私の記事を彼が全て読んでいる、と私が知っていることを。彼から地元のアーティストを発掘するのを手伝って欲しいと頼まれた。彼は私が書いたばかばかしい絵を曲のカバーアートに変え、何か世界に向けて発表したい大きな瞬間が来たら私がそばにいる、ということを確認した。彼は彼のイマジネーションから私のラップトップに向けて、あるいは”P”から私に向けて、書状を送った。夜、海を航海する私の船を照らす灯台の灯り(a lighthouse beacon)のごとく、つかの間の出会いで私が見ることができたのは彼の灯り(his light)だった。

ある人物が音楽的にとても素晴らしく、とても思慮深く、とても面白く、とても優しく、にもかかわらず挑戦的且つ大胆に人を酔わせる、という完全なるアイデア。彼は、我々が考えるミネソタン、黒人男性、セクシャリティー、ポップ・アーティスト、セレブリティ、郊外の特徴といった全てを転覆させた
(ひっくり返した)。彼は朝食にステレオタイプ(既成概念)を食べた。彼はシャイだったが、人々を深く愛していた。静かに、貧しい人々や困難に直面している地域社会を援助した。
女性を登用し、昇進させ、現代の黒人女性の必要な声(necessary voices)を彼自身の声の上に引き上げる術を見つけようとした。彼は都市圏で最もイカしてる男性だった。彼は人のつながりと精神性のメタファー(隠喩)としてセックスを用い、スクリュードライバーから花、自分のギターまで全てを、セックスのメタファーとして用いた。
(He used sex as a metaphor for human connection and spirituality, and used everything from screwdrivers to flowers to his own guitar as metaphors for sex.)

何よりも、彼は仕事をすることを決してやめなかった。彼と会ったとき、私の周りを蝶のように宙に舞っていた。あたかも、すぐに興味を失い、瞬時に歩き去るかもしれないことを私に思い出させるかのように。彼は自分の周りの全てのことを面白いと感じていた。休むことのないエネルギーの持ち主であり、不思議に思い、探求し、感じるのを止めない好奇心の持ち主であった。最後に会った時、彼は新しい内なる旅を始めるのだと感じた。自身のアイデンティティーと回想に焦点を当てた内なる旅。ついに自分のストーリーを自分の言葉で伝える準備を始めたのだ。
私が腹が立つのは、我々がどれだけのものを失ったのか分からないということである。それを定量化する方法はない。プリンスはやるべきことをまだ終えてはいなかった。
彼はすでにギターをマスターしたとわかっていた。苦もなくギターで我々をホットにできることが退屈で、ピアノで同じことができるか確かめたかったのだろう。幼少期に父親からピアノの影響を受けて、父親に自分のことを誇りに思って欲しかったのだろう。

彼は自分の人生の旅を分かち合い、自分の言葉で語りたいと思っていた。彼の回想録を読むのが待ち遠しかった。旅立つ前に、何か書き記していたことを願う。会話を録音することを決して許さず、伝統的なインタビューを拒否したので、彼のストーリーはフォークロア
(民間伝承)のように人から人に伝わっている。プリンスに関するは本は沢山あるが、そのほとんどはどのページもストレートに事実(fact)を書いてはいない。ましてや、著者の想像力と現実に起きたことの間を交錯しているものでさえもない。

私が悲しいのは、なぜこんなことが起きたのか?と答えを探し、理由を突き止めようと、今や人々がさらにプリンスを渇望していることだ。私は彼を守らなければ、という奇妙な欲望に駆られている。私はプリンスのことを知らない。しかし、彼は自分のプライバシーと
レーベルを徹底的に保護していたからこそ、とても繊細なままでいられたし、別の次元と結びついていられたのだと私は信じている。私はプリンスのことを知らない。だが、人々が彼のことを他の惑星から来た人物であるかのように言うのを聞くと、彼の静かな優しさと人間性を見出すことができればいいのにと思う。

世界はプリンスを求める権利があると主張し、我々はここミネアポリスで彼が主張してくれたことを大変光栄に思っている。スカイラインを眺めながら、パープルに染まるのを待っている間、街全体が哀悼の意を表し、私の心は痛む。ラジオを切っても、彼の声が私の耳に鳴り響いているのだ。他にも言いたいことは沢山あるが、それさえも十分ではないだろう。
おやすみなさい、スイート・プリンス。私達の友情が終わってしまったのは、とても残念なこと。(It’s such a shame our friendship had to end.)



この絵を思い出しました。

ジャコモ・バッラ「街灯(Street Light/ 1909年)」光と色の洪水!
Balla_MOMA_Street_Lights























--------------------


行間からプリンスへの敬意がにじみ出ています。"リスペクト:敬意を払う" はプリンスが大事にした価値観でもありますよね。アンドレアさんの文章から控えめながら、静かな主張を感じます。「私はプリンスのことを知らない」と繰り返していますが、プリンスのことを"知っている"つもりになって語っている人達への批判でしょうね。

プリンス、自叙伝を書く準備をしていたんですよね...。私もプリンス自身の言葉で読みたかった! 
→ (後日追加)
プリンスが執筆途中だった自叙伝、出版か


プリンスはペイズリーパークで創作に集中して、静かな生活を送りたかっただけなんじゃないでしょうか。誰よりもプライベートを守る人だったのに、プライベートが売り物にされて本当に気の毒です。報道も無法地帯になっていますよね。ファンの方達がプリンスのことなら何でも知りたい、と思う心理は理解できなくもないのですが...。

Steve Parkeが最近インタビューでこう答えていたのが印象に残りました。

He said: “When he was running the show, I do think he wanted to have control over how it was put out. It begs the question: what would he do if he was here now? 

「彼が今ここにいたら、どうしていただろう?」
と問うといいんじゃないかな。



(関連情報)
・ ペイズリーパーク・ミュージアムのツアー本
『Paisley Park Archives  exhibition series tour book』(ネット画像より)
よくまとまっていて、いい文章だな...と思ったら、Words: Andrea Swensonとあった。カーク・ジョンソンが依頼したのかな。

PaisleyParkBook_grande


















【新刊】ミネアポリス・サウンド、ファーストアヴェニュー